こころは遺伝子を超える(村上和雄)


『HOLISTIC MAGAZINE 2011』

こころは遺伝子を超える
~脳とサムシンググレート

2010年開催「脳とボディ・マインド・スピリット」連続講座より
講師:村上和雄(筑波大学名誉教授)


 

スマイルが遺伝子をONにする

生まれたての赤ちゃんが、にっこり笑いますね。エンジェルスマイル(天使のほほえみ)といわれています。
生まれたての赤ちゃんは、親に世話になりっぱなしで与えるものがない。しかしあのスマイルは、周りの人に幸せと喜びを与えています。
お坊さんは「赤ちゃんの布施行」であると言っています。

あれは親が教えたわけではありません。自然に出るのだから赤ちゃんはスマイルする能力を持って、この世に誕生してきたわけです。だから笑うための遺伝子があるはずです。
それを見つけようと私どもはかたっぱしから遺伝子を調べ始めました。最終的には片手に乗るような小さなガラス片に約4万個の遺伝子が入っていることがわかりました。
そのうちのどの遺伝子が笑いによってON/OFFになるかという実験を行ったところ、第一弾の結果が出始めました。だから私は興奮しております。
笑いによって遺伝子がONになったり、OFFになったりする。この研究をまとめて私どものグループリーダーは博士になりました。笑いと遺伝子のON/OFFで博士になるというのは世界で最初です。


ポジティブストレスをどうやって作るか?

私は遺伝子の研究だけでも20年を超えますが、その中で感じたことがありました。心を変えたら遺伝子のONとOFFが変わるのではないかと。
なぜかというと、遺伝子のONとOFFが変わる1つの原因は「運動」です。運動することによって遺伝子のスイッチがONになります。
それから「食べ物」も遺伝子のスイッチのONとOFFに深く関係しています。
運動や食べ物によって変わるなら、心を変えれば遺伝子のONとOFFが変わるかもしれないと考えたのです。

そこで、私は簡単に心を2つに分けてみました。
まず、心には陽気な心があります。楽しい、嬉しい、喜ぶ、感動する、感謝する、深い祈りもいい遺伝子をスイッチONにする。
陰気な心には、恐怖、不安、いじめ……、こういうネガティブな心はネガティブな遺伝子をONにするのではないか。これを遺伝子の言葉で証明したいと思い「心と遺伝子研究会」を作りました。

ネガティブな刺激が病気になるというのは、皆よく知っています。
たとえば糖尿病は、ネガティブなストレスを与えると血糖値が上昇します。ネガティブストレスがあるなら、ポジティブストレスもあってもいいはずです。
ポジティブストレスとは、楽しいこと、嬉しいこと、ワクワクすること。しかしそれは、なかなかかけにくい。
一方、ネガティブなストレスは簡単にかけられます。ネズミだったら、いじめればいいわけです。
ところが、ネズミを喜ばすというのはなかなか難しいです。
そんなことを考えていた時、お笑いの吉本興業の社長と出会い、「笑い」はひょっとしたらポジティブストレスになるかもしれないと思いました。それが当たったのです。


遺伝子と魂の研究

さて、今日は「脳とボディ・マインド・スピリット」というテーマですので、ここでスピリットとは何かという話をします。
私の「心と遺伝子研究会」の応援団に河合隼雄(1928–2007)という臨床心理の大家、日本におけるユング心理学の第一人者がいました。
彼は「心と遺伝子の研究は非常に面白いからやってくれ。しかしもっと面白いことがあるで」といいます。
「なんですか」と聞いたら、「遺伝子と魂の研究や!」。
「魂と遺伝子の研究? そりゃ先生面白いけれど、めちゃくちゃ難しいですよ。心には心理学という学問があるけれど、魂学というのはありませんから。そもそも魂とはなんでしょうか?」。
すると河合さんは「これが面白いんや」といいます。
残念ながら、それからしばらくしてお亡くなりになりましたが、河合さんが私どもに残した遺言は「心と遺伝子、そして心と体の関係は面白い。しかしそれだけでは人間ちゅうのはわからんで、魂といわれるものと遺伝子の研究をやってくれ」ということだと思います。

ところがこれは大変難しいのです。心と遺伝子研究会の次は、魂と遺伝子というところまでいければと思って、来年(2011年)そういう本を書こうと思っていますが……。
とにかくこの研究は、人間とは何かということを遺伝子レベルで突き止める1つの手段になると思っています。

 

想像を絶する小さな空間に万巻の書物が!

私は定年後もイネの全遺伝子暗号解読という研究に入りました。競争相手はアメリカで非常な苦労がありましたが、イネの遺伝子暗号解読については、日本が世界で断然トップとなりました。
私どものグループだけでも、イネの全遺伝子暗号の約半数-16000個を読みました。16000個の全部違う遺伝子をピックアップしてきて解読する、これは大変です。

しかし私は前から、不思議なことに気が付いていたのです。
読む技術もすごいけれど、もっとすごいことがある。読む前にすでに書いてあったから、読めるわけだ。
書いた人と、読んだ人どちらが偉いか。仏典を書いた人と、読んだ人、どっちが偉いでしょうか。
書いた人の方が偉いに決まっています。
人やイネのすべての遺伝子暗号を書いたのは誰でしょうか? でたらめに設計図が書けるわけはありません。
神様仏様は横に置いておきまして、これは自然が書いたとし言いようがありません。
自然はどうしてこのような膨大な情報をわざわざ書いたのでしょうか…。

今、ヒトゲノムの解読が全部終わっていますが、その暗号を読んでみますと、約32億の化学の文字が入っています。32億の化学の文字というのはピンときませんが、1冊1000頁、1頁1000文字の百科事典が3200冊。
その情報をお父さんから1セット-1ゲノム、お母さんから1ゲノムもらいます。
それが全部細胞の核の中に入っています。私たちの体は、約60兆の細胞からなっていますから、その60兆個のコピーをもっています。

大百科事典が細胞の中の、1グラムの何分の1に書いてあるかを想像してみてください。1グラムの2000億分の1です。
アンビリーバブル! 想像を絶する小さな空間に万巻の書物が書き込んであるという事実。それを休みなく、間違いなく動かしているのはいったい誰?

大切なものは目に見えない

私は目に見えないけれど不思議な世界があるのではないかと思いました。それはすごい世界ではないかと。人間にとってほんとうに大切なものは、目に見えないのではないでしょうか。
命や心は目に見えません。すべての遺伝子暗号を書きこんでいるなにかも見えません。

金子みすずさんが書いた「昼の星は目にみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ」という詩があります。
私たちは、いま目に見えるもの、お金に換算できるもの、測定できるものだけに価値をおいています。しかし物にしか価値をおかなかった民族は、すべて滅びていると歴史学者はいっています。

 

すべての生き物はDNAでつながっている

生きているということは、ほんとうにすごいことなのです。
たとえば、今では人のホルモンやたんぱく質を大腸菌が簡単に作れます。なぜでしょうか?
1953年に大発見があり遺伝子の構造がわかりました。それから研究が進みだし、すごいことがわかります。すべての生き物、昆虫、植物、ヒトを含めたあらゆる動物……、いま生きている生物は3000万種類とか5000万種類と言われていますが、それだけではありません。
進化の歴史で過去38億年間に生まれたすべての生き物、さらに将来も生きるすべての生き物は、まったく同じ遺伝子暗号を使っているのです。

これは「すべての生き物はDNAの暗号でつながっている」ということを意味しています。
つながっているということは長い歴史をみると、すべての生物は遠い親戚、ご先祖様かもしれない。こういうことが遺伝子の言葉で分かったということです。
これは科学的事実ということだけではなくて、将来私たちの生き方や考え方に大きな影響を与えるのではないでしょうか。

 

38週で駆け抜ける38億年間のドラマ

私たちは、子どもを作ると簡単に言います。しかし世界の学者が全部集まっても、細胞1個を元から作れません。コピーはいくらでもできるのに、どうして元から作れないのでしょうか。
細胞はどうして生きているのかという、ほんとうのメカニズムについて、私たちはまだ、ほとんど手も足もでないのです。
大腸菌の遺伝子やたんぱく質のことは、ほとんどわかっています。しかし材料を集めても生き物は生まれません。

これは、「生きているということは、細胞1個でもいかにすごいことか」ということです。まして人間です。ただごとではありません。
親は受精卵を作ることにちょっと協力して、後は栄養を与えてやるだけです。しかし1個の受精卵から十月十日、約38週の間に生物の進化のドラマがお母さんのお腹の中で再現されます。魚のような時もある、爬虫類、そして哺乳類を経てヒトになります。
生物の進化38億年間の生き物のドラマを38週というものすごいスピードで駆け抜けます。お母さんの1週間は胎児の1億年です。この中で起こっているドラマは、決して人間の力や努力ではどうにもなりません。

 

脳だけで生きているのではない

脳については、もちろん素人ですけれども、素晴らしい脳科学者を何人か知っています。
1人は平沢 興(1900–1989)という脳神経の科学者、京都大学の総長を務めた偉い先生です。この方が85歳のときに「私は毎日毎日燃えています。嬉しくて楽しくて、周りを拝んでやみません」といわれました。長年脳科学を研究された結論です。

脳科学は非常に進歩したけれど、肝心なところはまだ1つもわかっていません。
中西重忠という京大の名誉教授で一緒にレニンの研究を行った世界的な脳科学者は、「みんな心は脳の働きだと言っているけれども決してそんなものではない。心や精神は脳だけではない。周りの環境というものが非常に大きな影響を与えている」といわれています。

このように今の脳科学者は、心の働きを脳の働きに限定するということにはイエスといいません。
だから今回は「脳とサムシンググレート」というタイトルですけれども、サムシンググレートだけでも難しいのに、それと脳との関係を言えといっても無理です。

少なくとも、私たちは脳だけで生きているのではなく、脳がコントロールすると同時に体の方からもいろんな指令を脳に送っています。
脳と体は相互作用しています。体にはいろいろな刺激が外界から飛び込んできます。
それを細胞はレセプターという受信機で受信し、細胞膜のところで1つの情報処理が行われています。細胞膜は外からの情報を受け取ってそこで情報処理をして、それを遺伝子で伝えたり、脳に伝えたりします。

したがって脳科学は確かに進歩していますが、まだまだ脳の本質はわかっていません。
少なくとも心というものを、脳だけで説明するのは到底無理です。

 

愛は脳を活性化する!

松本 元(1940-2003)という日本の脳科学のリーダーの1人はこう言っています。
「愛は脳を活性化する」私は本当にそうだと思います。

例を1つ挙げますが、尼崎の列車大脱線事故がありました。107名亡くなって108名目になるはずの人でした。病院に運び込まれたときは脳がぐしゃぐしゃになっている。医者はそれを見ただけで「もうこれは駄目です。絶対に助かりません」と親に宣言しました。

そのお母さんは肝っ玉母さんみたいな方で「娘はまだ死んでいない」と必死に看病されました。
たまたま私のラジオ放送を聞かれ「あなたの思いが遺伝子の働きを変えますよ」という言葉に勇気づけられたと電話をかけてきました。
その娘さんは順子さんといますが、枕元で「じゅんちゃん、じゅんちゃん、奇跡を起こそうよ」と言い続けました。
すると意識がもどったのです。そしてリハビリテーションをして泳げるようになり、できたらロンドンのパラリンピックに出たいというところまで回復しました。
医者は、ほんとうにあり得ないことだといっています。
もしもパラリンピックに出るということになったら、私が応援団長をすることになっています。この母と娘が、親の思いと本人の努力でそういうことが起こり得るのだということ、思いが奇跡を起こすのだということを実際に見せてくれたのです。
(了)

 

  ―『こころと遺伝子』村上和雄(著)(実業之日本社)より引用―

  • 生命とは、絶えず自分の細胞を複製されることでいのちをリレーしている。
  • この貴重な生命を授かっている私たちの人生には、失敗もバツもありません。
  • 遺伝学者の木村資生は、人間に限らず、生きものの細胞一個が、誕生するということは、「1億円の宝くじに100万回連続して当たるほどすごいことである」と言っているように、その中でもまさに人間としてこの世に生まれることは、奇跡以外の何ものでもないのです。
  • 人はすべて、例外なく奇跡的にこの世に生命を受け、その上で、無限の可能性を秘めた貴重な「生きもの」であります。 誰一人軽んじられるべきではありません。
  • 悪いところを部分でとらえ、個別に直そうとする西洋医学、病気を全体で捉えようとする東洋医学。しかし今や、すべてを駆使して病気を治すという統合医学、ホリスティックメディスンというジャンルの確立が急がれています。そこには、こころや魂のバランス、祈りや心理学も含めたスピリチュアルなケアも入っていかなければなりません。

 

(HOLISTIC MAGAZINE 2011より)


村上 和雄 むらかみかずお

1936年生まれ。筑波大学名誉教授。京都大学農学部農芸化学科卒業、農学博士。米国オレゴン医科大学、京都大学農学部、米国バンダービルト大学医学部などを経て、78年より筑波大学応用生物化学系教授。99年に退官。83年に高血圧の黒幕である酵素「レニン」の遺伝子解読に初めて成功、世界的な注目を集める。2021年ご逝去。

著書
『幸福の暗号 ゲノム科学から見た生きがい論』徳間書店 (2000)
『生命の暗号(2) あなたの「思い」が遺伝子を変える』サンマーク出版(2001)
『遺伝子オンで生きる こころの持ち方であなたのDNAは変わる!』サンマーク出版(2004)
『そうだ!絶対うまくいく! 「できる」遺伝子が目ざめる生き方・考え方』海竜社(2006)
『運命の暗号 「幸せの遺伝子」で人生が好転する』幻冬舎(2008)
『アホは神の望み』サンマーク出版(2008)
『スイッチ・オンの生き方 遺伝子が目覚めれば、人生が変わる』致知出版社(2009)
『愛が遺伝子スイッチON』海竜社(2010)
『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』致知出版社(2011)
『科学者の責任 未知なるものとどう向き合うか』PHP研究所(2012)
『スイッチ 遺伝子が目覚める瞬間』サンマーク出版(2012)
『望みはかなうきっとよくなる』海竜社(2013)
『コロナの暗号 人間はどこまで生存可能か?』玄冬舎(2021)ほか多数。

 


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