ホリスティック医学の真意を問い直す(上野圭一)

『HOLISTIC News Letter Vol.100』

ホリスティック医学の真意を問い直す

上野 圭一(翻訳家・NPO法人日本ホリスティック医学協会名誉顧問)

2018年 4月 1日 関東フォーラム講演録


 

進化の時間と空間

今日はすごいタイトルですね、これは僕が出したのではないんです。とてもこんな真意は問えません。(笑)
アメリカの思想家のジャン・(クリスチャン)スマッツが1926年に『ホーリズムと進化』という本を書き、ホーリズムの形容詞の造語として「ホリスティック」という言葉が登場しました。
スマッツが提唱したホーリズムという思想は一部の人に語り継がれながら、じわじわと広がって、ようやく1960年代後半に欧米の若者たちの強く支持されるようになり、1978年にアメリカにホリスティック医学協会ができ、ほとんど同時にイギリスにもホリスティック医学協会ができました。少し遅れて日本にも、という形で今日に至っているわけです。

特徴的なのは、欧米のホリスティック運動が低調になり、統合医療にそれこそ統合されているのに対して、日本だけホリスティック医学協会がしっかり続いていること。
帯津先生の前に藤波先生もいらっしゃいますけども、特に帯津先生の「統合医療はホリスティック医療に至る道の橋頭堡(きょうとうほ)」という言葉が日本独特で、欧米でそんなことを言う人はいない。これは帯津先生の理想だろうと思います。

ホリスティックを考えるうえでヒントになるのは、スマッツが言った「進化」という言葉でしょう。普通は形容詞であるホリスティックといいますが、彼はなぜホーリズムを進化と言ったか。
まず「空間的ホリスティック」と「時間的ホリスティック」、この2つのキーワードを押さえる必要があります。

進化というのは時間です。時間のない進化はあり得ませんから。ホリスティックには、進化に形容される時間の長いつながりを軸にした空間の広がり、それを両方合わせて、同時にイメージして初めて、ホリスティックという「全体」という言葉の意味が見えてくると僕は思います。

原始的な宇宙、原始的な銀河、原始的な太陽系が形成されて進化し、そこから生まれた地球もまた進化する。海ができて生命が誕生し、海の生き物と陸の生き物が進化していって、いよいよアフリカの中にいたサルたちの中から、非常に意欲的なサルたちが森を出て、二足歩行を始める。そして人間に進化する。
さらにその人間はどんどん進化して、アフリカ大陸から世界中に散って行った。まだ大陸とつながっていた時期に歩いてきて、大陸から突き放された日本列島に取り残された人たちが、我々の直接的な先祖だとされています。
それが旧石器時代から新石器、縄文時代になって、船で朝鮮半島から中国まで出て行って、外の文化に少しずつ触れて、やがて大陸からも人々が流入してきた。そういう人たちが混ざりに混ざって、縄文と弥生が混ざり、弥生からさらに時代が流れ、今の我々がある。

物質的な進化、つまり地球という星の進化と生命的な進化、地球上に生まれた生命の進化。さらにその途中である種の生き物に意識が生まれる、意識の進化。
意識の中から言葉が生まれ、言葉の進化。そういった進化の網の目が混ざり合って、ひとつの布のように超複雑な網目、そうして生まれた網目の糸と糸の交差点になっているのがひとりの人間です。
そういう存在なんです。私として生まれて、私として死んでいくためには、この交差点の先につながった生き物のすべてのストーリーが必要です。それのどれかひとつでも欠けていたら、「私」はあり得ないのです。

もっとも近い天体のひとつである太陽ひとつとっても、その太陽がなければ地球はあり得ない。地球の空気や水もあり得ない。ましてやそこに生命体が生まれることはあり得ないです。
ありとあらゆる、そういう過ぎ去ってきた進化の、非常に複雑な網の目のおかげで、我々は今、ここに生かされているのだという自覚が、ホリスティック(全体的)という言葉に込められたイメージを結んでいって初めて、ホリスティック医療なり、ホリスティック教育なり、ホリスティックミュージックなりが描けるのではないかと思うのです。

 

複雑な網目の一部として

最後に、これはむかし僕が書いた本『ヒーリング・ボディ』から、アメリカに禅を初めて紹介したアメリカの思想家、アラン・ワッツという人の言葉を紹介します。

「太陽も空気も心臓も同じく、私の存在に書くことのできない重要な部分である。私がその一部をなしている(宇宙全体の)運動は、誕生と呼ばれている。
便宜上、全体から切り離された出来事より、はるか昔の過去に始まり、死とよばれている出来事ののちも永劫に続いていく。私たちはただ、ことばと便宜のうえから、全体をなす、まったく定義不可能ななにかと切り離されているにすぎないのだ」

つまり今、僕が言ったようなことです。
自分は内側だけが自分であって、外側は自分とはあまり関係ないというような意識を持っていると、こういうことを全然気がつかない。
今日お話ししたことは、ある意味、まったく定義不可能なことです。ひとことで定義することができないけれど、宇宙の始まりがなければ、今はない、私もない。アラン・ワッツがいうように説明不可能、定義不可能な何ものか、膨大な時間と空間で起こっていることの先端に今、私たちがいるのです。

過去というのは現在の記憶、あるいは記録です。過去というのはもうないのだけど、現在の中に過去の記憶や記録がある。過去は現在なんです。
未来もそう。未来というのはない。現在の想像で近いところで未来をつくりあげられるけれど、未来はやはり現在にしかない。
この現在を作っているのは複雑な網の目だ、ということをお話して、終わりにしたいと思います。

 

(HOLISTIC News Letter Vol.100より)

 


上野 圭一 うえの・けいいち
1941年生まれ。早稲田大学英文科、東京医療専門学校卒。翻訳家/鍼灸師/日本ホリスティック医学協会名誉顧問
世界の代替療法、ホリスティック医学を先駆的に研究し、多くの書物の翻訳を手がける。
<著書>
『ヒーリング・ボディ~からだを超えるからだ~』サンマーク出版(1998年)

『代替医療 オルタナティブ・メディスンの可能性』角川文庫(2002)
『補完代替医療入門』岩波新書 (2003)
『わたしが治る12の力 自然治癒力を主治医にする』 学陽書房(2005)
<訳書>
『人はなぜ治るのか』アンドルー・ワイル/日本教文社(1984)
『太陽と月の結婚 意識の統合を求めて』アンドルー・ワイル/日本教文社(1986)
『ナチュラル・メディスン』アンドルー・ワイル/春秋社(1990)
『魂の再発見 聖なる科学をめざして』ラリー・ドッシー 井上哲彰共訳/春秋社(1992)
『癒す心、治る力』 アンドルー・ワイル/角川書店(1995)
『いのちの輝き フルフォード博士が語る自然治癒力』ロバート・C.フルフォード他/翔泳社 (1997)
『癒す心、治る力』アンドルー・ワイル/角川書店(1997)
『癒しの旅』ダン・ミルマン/徳間書店(1998)
『人生は廻る輪のように』エリザベス・キューブラー・ロス/角川書店(1998)
『音はなぜ癒すのか』ミッチェル・L.ゲイナー、菅原はるみ共訳/無名舎(2000)
『バイブレーショナル・メディスン』リチャード・ガーバー、真鍋太史郎 共訳/日本教文社(2000)
『奇跡のいぬ グレーシーが教えてくれた幸せ』ダン・ダイ、マーク・ベックロフ/講談社(2001)
『ライフ・レッスン』エリザベス・キューブラー・ロス、デーヴィッド・ケスラー/角川書店(2001)
『ヘルシーエイジング』アンドルー・ワイル/ 角川書店(2006)
『永遠の別れ』エリザベス・キューブラー・ロス、デーヴィッド・ケスラー/ 日本教文社 (2007)
『うつが消えるこころのレッスン』アンドルー・ワイル/角川書店(2012)
他多数。


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